
中国のエネルギー地政学
―― クリーンエネルギーへの戦略的投資
Green Giant Renewable Energy and Chinese Power
2018年4月号掲載論文
トランプ政権が石油・天然ガスを重視し、パリ協定に背を向けるなか、すでに中国は戦略的にクリーンエネルギー大国の道を歩みつつある。新エネルギー戦略が成功すれば、世界の気候変動との闘い、さらには地域的同盟関係や貿易関係の双方において、中国はアメリカに代わる最重要国に浮上する。クリーンエネルギーテクノロジーの輸出国として中国は、各国に石油・天然ガスの輸入量さらには二酸化炭素排出量を減らす機会を提供できるし、相手国政府との関係も強化できる。冷戦期のアメリカが、ソビエトとの宇宙開発競争に敗れた場合の経済的・軍事的余波を認識して、対抗策をとったように、ワシントンは中国の再生可能エネルギーへの移行にも、同様の対策をとるべきだろう。アメリカは、世界のエネルギー市場における優位を手放すリスクを冒している。
- エネルギー地政学パート1
- 産油国投資の失敗と新しい現実
- クリーンエネルギー投資
- エネルギーピボット
- 誰が世界のエネルギー構造を形作るのか
- 中国に追いつけるか
<エネルギー地政学パート1>
1997年、急成長する経済を動かす石油と天然ガスの輸入を増やそうと、中国は新たなエネルギー調達戦略を模索し始めた。主要産油国との緊密な関係をもつアメリカのやり方を模倣して、中国の外交官たちは大規模な産油諸国を訪問しては、投資や武器供給をオファーすることで、安定したエネルギー供給の約束を取り付けようとした。北京が特に大きな関心を示したのが「欧米主要国に仲間はずれにされていた産油国」だった。こうした諸国からエネルギー供給合意を引き出せば、エネルギー調達面でアメリカと対等の立場を手に入れられるだけでなく、産油国の反米路線を煽ることもできる。まさにアジアへのリバランスを試みていたアメリカの戦略を側面から邪魔することができる。これが北京の計算だった。
しかし、この戦略の多くはうまくいかなかった。新しいパートナーたちは債務返済を怠り、約束した通りに原油を供給しなかった。他国が投資しない危険な産油国への投資は、現地に出向いた中国人労働者の命も危険にさらした。国内でも、反政府腐敗キャンペーンによって、大手エネルギー企業の幹部が次々に摘発された。
一方、アメリカはシェールブームに沸き返り、石油とガスの輸出国へと瞬く間に姿を変え、原油価格の変動が米経済に与える衝撃を吸収するクッションも手に入れつつあった。「中東石油への依存レベルを低下させたアメリカは、石油供給を混乱させる恐れのある中東の混乱を前にしても迅速に介入しなくなるのではないか」と北京は懸念し始めた。
2012年に国家主席に就任した習近平は、こうした経緯から新エネルギー戦略を導入し、再生可能エネルギーへの重点投資へ軸足を定めた。すでに中国は世界のソーラーパネル市場の覇者として君臨している。石油消費節減技術への支援策も拡大し、バッテリーから電気自動車までのさまざまな製品の開発と生産に資金を注ぎ込んでいる。狙いは、輸入石油・天然ガスへの依存を低下させることだけではない。アメリカに対して中国が経済的に不利な状況に陥らないようにすることも目的だ(アメリカが中国に石油と天然ガスを輸出すれば、米経済はその分成長する)。戦略的な狙いもある。クリーンエネルギー部門のリーダーになれば、再生可能エネルギー(技術)の輸出を通じて、(石油や天然ガスを輸出する)アメリカに対抗して、各国に石油・天然ガスの輸入量さらには二酸化炭素排出量を減らす機会を提供できる。
新エネルギー戦略が成功すれば、世界の気候変動との闘い、さらには地域的同盟関係や貿易関係の双方において、中国はアジアにとってアメリカに代わる最重要国に浮上する。米政府が後ろ向きのエネルギー政策をとっているだけに、こうした野心的なビジョンはさらに際だっている。トランプ政権は、石炭、石油、天然ガスに重点を置き、(世界貿易機関=WTOを含む)エネルギー市場のルールを左右する国際機関に背を向け、温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱を表明している。こうした(時代に逆行する)流れの一方で、中国は着実に再生可能エネルギー大国の道を切り開きつつある。手遅れになる前に、ワシントンは対策をとる必要がある。
<産油国投資の失敗と新しい現実>
21世紀初頭以降の急速な経済成長によって、石油と天然ガスの輸入需要が高まり、(それを満たすためのグローバルな戦略をとることで)中国は地域大国からグローバル大国へと変貌していく。欧米の石油メジャーとの競争ゆえに、スムーズな資源調達を阻まれた北京は、いわゆる「ならず者の産油国」、つまり、欧米諸国の経済制裁の対象とされていたために、石油メジャーが投資できない産油国に目を付けた。まずイラン、イラク、スーダン、次にロシア、ベネズエラにターゲットを定めた。
結果は芳しいものではなかった。欧米諸国だけでなく国連の制裁下にあったイランの場合、中国企業の投資も制約され、本格的な活動は数年にわたって妨げられた。核合意の成立によって制裁措置が緩和されて以降も、問題は次々と浮上した。フーゼスターン州の二つの油田で、中国石油化工(シノペック)と中国石油天然気集団(CNPC)の生産施設が動き始めたのは、ようやく2016年になってからだ。現状でも、同州の石油施設を最近攻撃し、サウジが支援しているスンニ派の分離主義勢力(アンサール・アル・ファルカン)の動きを警戒せざるを得ない状況にある。
イラクでも同じような問題に直面している。治安問題ゆえに石油プロジェクトはうまく進展していない。比較的治安の良いクルド地域でも、原油の推定埋蔵量が当初の推定の半分ほどへ下方修正された。しかも原油安に追い打ちをかけられたために、シノペックは、投資から利益を確保できそうにない。サウジの天然ガス開発への投資も実を結んでいない。
アフリカでも苦戦している。スーダンと南スーダンの国境紛争の長期化によって、中国企業による産出量は大きく制約されている。しかも、戦争犯罪を理由にアメリカの制裁対象とされている「スーダン政府を支援している」と中国は国際的に批判されている。エチオピア、リビア、ナイジェリア、スーダン、南スーダンの油田でも、生産施設が襲撃されて中国人労働者が避難させざるを得なくなり、この窮状は国内で政治問題化した。
比較的安定した地域でも、その活動はうまくいっていない。例えば、中国のエネルギー複合企業(中国華信能源)は2017年9月、ロシアの国営石油大手ロスネフチの株式14%を約90億ドルで取得した。しかし、ロスネフチは500億ドル近くの債務を抱えているだけでなく、その外国投資も一貫した利益戦略ではなく、モスクワの戦略利益への思惑に左右されていた。アメリカの対ロ制裁もあって、ロスネフチの株価は2017年に23%下落し、「中国華信能源」は数十億ドル規模の含み損を抱え込んだ。
ベネズエラでの状況も同様だ。中国企業は2007―14年にベネズエラ政府に石油供給を担保とする約600億ドルの融資を提供したが、ベネズエラの対中原油輸出量は2017年にようやく1日あたり45万バレルになった程度で、これは中国が見込んだ量の半分でしかない。ベネズエラへの融資額がもっとも多い銀行の一つである国家開発銀行(CDB)は、現在、金利分程度の石油と石油精製品しか受けとっていない。
すべてを合わせると、中国は外国の石油・天然ガス開発に計1600億ドルもの資金を注ぎ込んできたが、予想を大きく下回る原油しか調達できていない。中国が投資した外国油田の生産量(日産)は、2028年まで200万バレル程度に留まるとみられる。因みに、サウジが10年前に、日産200万バレルを増産するために投資した金額はわずか140億ドル。アメリカの石油生産量と比べても、その投資からみた中国の輸入量がいかに少ないかがわかる。2017年末の時点で、アメリカの石油生産量は日産980万バレル。今後10年もすれば2000万バレルを超える可能性がある。
現在、390万バレルの中国の国内油田の石油生産量(日産)も、ミスマネジメントや油田の枯渇、そして原油安のために急速に減少している。現状で、約70%の輸入石油への依存率は、2030年までに80%に達すると考えられる。
一方、アメリカは、遅くとも2030年代までには、石油と天然ガスの純輸出国になると考えられており、必然的に中東産油国のアメリカの政策への長期的な影響力は低下していく。さらに、グローバル市場への原油供給量が唐突に低下しても、数十万の新規雇用が石油・天然ガス部門で創出されているアメリカ経済が、(輸入国である)中国経済のようなダメージを受けることはない。
一方で、北京の指導者たちは、外国石油への依存が高まっていることへの懸念を強めた。2015年に終了した中国の第12次エネルギー計画でも、カナダとアメリカで新たな油田やガス田が開発された結果、「エネルギーの供給パターンに重大な調整が起きており、アメリカと比べて中国のエネルギー安全保障の先行きは暗い」と指摘されていた。
こうしたトレンド認識が、北京の中東に対する政治的計算を変化させた。「ワシントンは、中東原油のグローバル市場への流れを守る責任を負っているが、中東で紛争が起きて原油の流れに混乱が生じた場合、より大きなダメージを受けるのは、アメリカではなく中国になる」。ワシントンが中東の守護者の役割を放棄するか、少なくとも中国などの国により大きなコスト負担を求めてくるリスクが高まっていることを北京は考慮しなければならなくなった。
<クリーンエネルギー投資へ>
このような新しい現実を前に、中国は再生可能エネルギーと低炭素テクノロジーへの投資の拡大へと舵をとった。国内のエネルギー安全保障のためだけでなく、ロシアとアメリカによる石油や天然ガス資源に対抗できる産業輸出品として、クリーンエネルギーを位置づけた。最近では「(無節操な)経済成長路線が環境汚染を引き起こした」と認めるようになった北京は、他の諸国が環境を無視した成長路線の弊害を回避できるように、クリーンエネルギー関連の製品やサービスを提供することで、この分野における中心的存在になることを目指している。
このアプローチには先例がある。ドイツにおけるソーラーブームに刺激され、10年ほど前からソーラーパネル産業に力を入れるようになった中国はこの部門で大きな成功を収めた。いまや、広範なクリーンエネルギー部門でより大きな成功を実現したいと考えている。
第二次世界大戦後の石油取引がソビエトと中東を結びつけたように、二酸化炭素排出量を削減したい国々によるクリーンエネルギーテクノロジーへの需要は中国に雇用をもたらすだけでなく、各国政府との関係も強化すると北京は見込んでいる。実際、アメリカがアジアやヨーロッパへの液化天然ガス(LNG)輸出を試みる上で、そのライバルはロシアの天然ガスよりも、むしろ、中国のソーラーパネルやバッテリーになるかもしれない。
国際エネルギー機関(IEA)は、中国は(官民を合わせると)2040年までに低炭素燃料などのクリーンエネルギーテクノロジーに6兆ドル以上を投資すると推定している。すでに中国におけるソーラーパネルによる発電総量は125ギガワットと、アメリカ(47ギガワット)やドイツ(40ギガワット)の2倍以上に達している。しかも、合計すれば51ギガワットの電力を生産できるソーラーパネルを毎年生産する能力をもっている。これは、2010年当時の世界全体のソーラーパネル生産量の2倍以上を中国が毎年生産できることを意味する。
米エネルギー省の推定によると、北京は2008年以降、ソーラーパネルメーカーに対して直接投資、融資、税額控除など、合計すると470億ドル規模の優遇策を提供している。こうした中国製品が世界に輸出されることで、この10年でソーラーパネルの市場価格は80%も低下した。今後、中国政府がバッテリー技術に投資すれば、同じメカニズムが作用し、バッテリー価格も大きく低下していくかもしれない。全般的にみると、中国の電力生産に占める再生可能エネルギーの割合は、すでにアメリカの比率(15%)を上回り、24%に達している。
電気自動車の開発と生産も重視して、大規模な補助金を注ぎ込んでいる。2015年に北京が電気自動車のために投入した補助金は、米政府の補助金の10倍以上に達し、電気を動力とする自動車やバスを製造する中国企業はすでに100社以上存在する。中国の自動車メーカー、比亜迪股份有限公司(BYD)は世界最大の電気自動車メーカーで、この部門の世界企業上位20社に中国企業6社が名を連ねている。すでに電気自動車の年間および累積の販売台数でみると、中国は2015年にアメリカを抜き去っている。
中国の道路を行き交う電気自動車の数は100万を超え、アメリカの2倍近くに達している。2020年までにその数を500万台に引き上げることを北京は計画している。最終的にその数が1億台に達する可能性もある。フランスとイギリスは2040年までにガソリン車の廃止を目指しているが、北京も2017年9月にガソリン車ゼロに向けたタイムテーブルを作成中であることを明らにしている。
「グリーンファイナンス」領域をめぐっても、北京は他を寄せ付けぬ存在になることを目指し、2017年12月には、世界最大の二酸化炭素の排出量取引市場を設立している。温暖化対策の資金調達のために発行されるグリーンボンド(環境債)の発行額もすでに世界一だ。金融部門によるファイナンスも積極的に促進し、中国人民銀行などに対して、グリーンボンド発行などを通じてクリーンエネルギー産業の資金調達をスムーズにするように促している。
中英経済・金融対話などの二国間協力を通じて、中国企業と外国企業間の「グリーンファイナンス」に関する協力も奨励している。さらに、環境基準を厳格化することで、中国の影響力を強化するための1兆4000億ドル規模のインフラ整備プロジェクト「一帯一路構想」の資金を多国間の金融機関から調達しようと試みている。
再生可能エネルギーや電気を動力とする交通機関への投資には、国家安全保障上の思惑もある。中国の分析者たちは「米軍が支配し、インドや日本といった地域大国の海軍力の脅威が高まっているシーレーンを経由して、(中東から)石油を輸送してくるのはリスクが高い」と憂慮してきたが、外国からの石油輸入に替えて国内で生産できる再生可能エネルギーを利用すれば、この問題を解決できる。
さらに、危機の際には中央の制御システムから離れて発送電ができる柔軟性の高いマイクログリッド、さらには、化石燃料系のガソリンやディーゼル燃料への一元的依存を低下させる多様なエネルギーを動力とする交通網を整備すれば、(バックアップシステムが提供されることで)中国がサイバー攻撃に耐える助けになるし、天災や戦争によるネットワーク遮断によるダメージも緩和できる。最先端のクリーンエネルギーテクノロジーは、ドローン、人工知能、(アメリカの衛星とGPSを無効化できる)衛星攻撃兵器などの自動型兵器にも応用できる。
<エネルギーピボット>
中国のエネルギーピボット(エネルギー政策の転換)は、間違いなく、国際秩序の再編を引き起こす。もっとも直接的な影響を受けるのは世界の温暖化対策だろう。中国のソーラーパネル生産の強化によって、関連技術のコストが大幅に下落したように、中国がクリーンエネルギー投資を増やせば、バッテリー、電気自動車の価格だけでなく、二酸化炭素隔離・貯蔵技術の応用に必要なコストも大きく抑え込めるかもしれない。
エネルギーピボットは、すでに中国の世界との関わりかたを変化させている。低金利融資、最新のエネルギーおよび輸送インフラの提供、さらにはエネルギー不足や公害からの解放を約束することで、中国はヨーロッパ、中央アジア、東南アジア諸国を取り込もうとしている。ロシアの近隣諸国やヨーロッパ諸国は、モスクワが石油と天然ガスの供給停止をちらつかせて無理な要求をしてくることに頭を抱えてきただけに、北京がこれらの国を取り込んでいくのはそれほど難しくないだろう。
各国がクリーンな電力を潤沢に生産するのを中国が助ければ、ワシントンが石油と天然ガス輸出によってこれらの国との関係強化を図るのはその分難しくなり、中国は(影響力の拡大を目指して)これまで以上に激しくアメリカと競い合うようになるだろう。北京の指導者たちは、各国がグリーンビジネスモデルを構築するのを支援し、貧困国に安定したエネルギー供給と近代的なインフラを提供すれば、国家間の格差を是正し、より持続的な世界経済の成長を促し、テロや紛争のリスクを低下させるのを助けられると主張している。
しかし中国のクリーンエネルギーへの移行に派生する影響が、好ましいものばかりとは限らない。中国が再生可能エネルギーを通じて、エネルギー自給をほぼ実現すれば、破綻途上にある産油国に好条件で融資をすることにもはや前向きではなくなる。これは一部の国にとって、破滅的な結末をもたらしかねない。特に中国が再生可能エネルギー技術を輸出した結果、世界の石油・天然ガス需要が急激に低下すれば、深刻な問題が起きる。すでにベネズエラではこれが現実になっている。2016年に中国がベネズエラ政府に対する新規融資を拒絶すると、ベネズエラは残された重要な資金源を失い、さらに債務を重ね、より深刻な貧困と政治危機に陥っていった。中国が内外で再生可能エネルギー技術と電気自動車の普及に努めれば、アンゴラ、ナイジェリア、ロシアなど他の産油国もベネズエラと同じ運命をたどりかねない。ペルシャ湾岸諸国でさえも、経済改革を断行しなければ大きなダメージを受け、民衆の不満が高まり、破綻国家への危険な道を歩むことになるかもしれない。
<誰が世界のエネルギー構造を形作るのか>
中国の新しいエネルギー戦略は、アメリカのエネルギー政策や気候変動対策にも深刻な課題を突きつけている。トランプ政権は「国内のエネルギーサプライヤーが過剰な政府規制によって縛られずに自由に活動できる限り、アメリカは膨大な石油・天然ガス資源を輸出することで、エネルギー分野における支配的優位を維持できる」と主張している。しかしそうできるかは、エネルギーや二酸化炭素排出に関する国際ルールに左右される。そして、アメリカが世界的な役割を放棄すれば、ルールは他の国々によって設定されるようになる。
トランプ大統領は「パリ協定から離脱する」と宣言したが、実際には2020年までは公式には離脱できない。逆に言えば、グローバルなエネルギー市場規制、エネルギー価格、二酸化炭素排出権取引の価格、そして石炭、石油、ガス、原子力、再生可能のどのエネルギーを好ましいとみなし、促進するかを決定する国際フォーラムにおけるリーダーとしての立場をそれまでは維持できる。
しかし、アメリカがこれらの国際的フォーラムや合意から完全に離脱すれば、残されたメンバーは中国の利益を優遇するグローバルエネルギー構造を形作っていくかもしれない。例えば、中国は自国のクリーンエネルギーテクノロジーを関税無しで輸出できるようにし、一方で二酸化炭素排出に価格を付けることもできるだろう。この場合、アメリカの石油や天然ガス輸出は思うに任せなくなるかもしれない。エネルギー製品のラベル表示や燃費のルール、さらにはゼロエミッション車の基準も、アメリカではなく中国の基準が国際規格とされるかもしれない。中国の金融機関が、「グリーンファイナンス」のルールと基準作りに関われば、自分たちに有利な基準を作り、今後数十年間で数兆ドルの市場規模になると期待されるこの領域で、アメリカの銀行を不利な状況へ追い込むことになるだろう。
ワシントンは、選択肢を確保するために、2025年までに、2005年を基準とする二酸化炭素排出量を約27%減らすという、パリ協定でアメリカが当初表明したターゲットをクリアする独創的な方法をみつけなければならない。時間はまだ残されている。幸い、アメリカの半分以上の州や主要都市は、二酸化炭素排出量削減に向けてオバマ政権が導入し、2017年10月にトランプ政権が白紙撤回したクリーンパワープランを、今後も実施していくと考えられる。さらに、アメリカの自動車・トラックメーカー、ライドシェア企業が、自社製品やサービスを中国の消費者に売り込もうと試みていることも助けになる。
もちろん、パリ協定に、より控えめであっても、再度コミットすれば、トランプ政権は協定を重視する諸国の不要な反感を買うことなく、グローバルなエネルギールールを設定する上でのアメリカの影響力を維持できるだろう。
パリ協定の枠組みの内外で貿易ルールと二酸化炭素排出権の取引システムを形作るために努力しなければならない。短期的にはアメリカの石油・天然ガスの輸出に有利な貿易ルールと炭素市場システムを構築し、長期的にはアメリカのクリーンテクノロジー企業を育んでいく基礎を築く必要がある。
(石油・天然ガス輸出については)アラスカ州北部の天然ガス開発に中国が最大430億ドル規模の投資を行う、アラスカ州政府、シノペック、中国銀行、そして中国の政府系投資ファンド間の2017年11月の合意を優れたモデルとみなせる。天然ガスは中国やインドで石炭に代わる燃料として利用できるし、これによって二酸化炭素排出量を少なくできる。さらに、中国をアメリカの資源開発に関与させれば、米中のエネルギー協力を促進し、中国に石炭やガスを売ろうとする他の資源国に対してアメリカが競争力を維持する助けになる。
<中国に追いつけるか>
これまでのところ、トランプ政権はこの国がもつエネルギー上の支配的優位を維持していく上での実態のあるビジョンをほとんど示していない。たしかに、対米外国投資委員会(CFIUS)のルールを拡大して、エネルギーインフラを守る人工知能などのデジタル技術の優位を維持することは考えているようだ。それなりの価値はあるとしても、もっと大きなビジョンをもつべきだろう。輸入ソーラーパネルにわずかな関税をかけるといった提案だけでなく、新型バッテリー、省エネ型デジタル製品、代替燃料自動車などを含む、アメリカのクリーンテクノロジー複合体のすべてを視野に収めた包括的ビジョンが必要だ。
トランプ政権はクリーンパワープランの修正に着手している。これまでのところ、発電プロセスで生じる電力漏れを少なくし、新型のデジタル技術を導入して制御システムを改善することで、発電所の生産効率を高める方法が提案されている。だがそれでは不十分だ。イノベーションを支援し、スマートメーター、バッテリー付きのソーラーパネルや風力タービンなど、中国製品に対抗できる技術の採用を拡大する政策を検討しなければならない。また、クリーンエネルギーへのシフトやグリーンボンドの発行に前向きな州、郡、都市に見返りを提供するような電力産業のための新ルールも設けるべきだ。
リック・ペリーエネルギー省長官は「天然ガスや再生可能エネルギーは、化石燃料や原子力よりも信頼性が低い」と指摘し、「電力供給の中断を避けるためにも、主要市場で石炭発電と原子力発電を補助金で支援すべきだ」と主張してきた。しかし彼は、最新のテクノロジーを利用すれば、突発的な需要増、天災、サイバー攻撃を前にしても迅速に復旧できるような柔軟な能力をもつグリッドを構築できることを理解していないようだ。
ワシントンは、増大しつつある安価な天然ガス資源の余剰分を、二酸化炭素排出量を削減し、パリ協定で示したターゲットの達成に向けてどのように利用できるかを考えるべきだ。長距離トラックの燃料、他のタイプの自動車への水素燃料生産に向けた利用など、天然ガスの新しい利用方法を検討する必要がある。これらを試みつつ、二酸化炭素排出量を最小限に抑えるには、石油と天然ガスの生産、輸送、廃棄の過程で生じるメタンガスの拡散を規制するルールを強制しなければならない。こうしたルールの導入は、議会で超党派の支持を得ているし、多くの産業プレイヤーも支持している。しかし内務省はその実施を遅らせ、完全に握りつぶすことさえ考えているようだ。
一方でグッドニュースもある。トランプが2017年12月に署名した共和党の税制改革法案は、再生可能エネルギーに対する連邦支援と、電気自動車向けの税控除を明記している。だが、こうした措置だけでは、中国の大規模な公共投資に対抗していくには十分ではないだろう。
ワシントンは、マスター・リミテッド・パートナーシップ(MLP)を(エネルギー・天然資源関連事業だけでなく)再生可能エネルギーへの投資にも認めるなど、民間部門におけるクリーンテクノロジー投資を促進するための追加策を講じるべきだ(現在、MLPを発行できるのは天然資源の掘削または加工企業、もしくは土地をリースする企業に限定されている)。トランプの税制改革法案は、MLPの課税率を大幅に下げて、より魅力的な金融商品にした。しかし、2017年10月に議会が超党派路線で再生可能エネルギーも対象にするように提言したにも関わらず、現状では対象外とされている。
パリ協定からの離脱という流れから考えると、アメリカは、欧州連合(EU)と米中を含む主要22カ国が参加する「ミッション・イノベーション」にも消極的になっていくかもしれない。これは、研究開発予算を倍増させることでクリーンエネルギーへの移行を加速することを目的とする、グローバルなイニシアチブだ。これに消極的な姿勢を示すのは間違っている。
中国はその経済を後押しし、サイバー攻撃と天災を前にしても軍が持ち堪え、対処できるようなエネルギーシステムを構築している。アメリカも同じことを試みるべきだ。つまり、スマートグリッド、ソーラーパネル、風力タービンなどの新技術を開発して米軍基地に設置することで、電力供給が中断したり、電力生産施設が攻撃されたりした場合のダメージを抑え込むべきだろう。
冷戦期のアメリカは、ソビエトとの宇宙開発競争に敗れた場合の経済的・軍事的余波を認識して、対抗策をとった。中国の再生可能エネルギーへの移行にも、同様の対抗策をとるべきだろう。
現在のアメリカは、世界のエネルギー市場における優位を手放すリスクを冒している。しかし、強力なリーダーシップと長期的なコミットメントがあれば、エネルギー分野におけるアメリカの未来を数十年にわたって安泰にできるはずだ。●
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